法教育:「法と教育学会」報告その3~シンポジウム

 「法と教育学会」報告の第3弾。午後の部のシンポジウム「法教育のミニマム・エッセンシャルズを問う」についての感想です。

 シンポジウムでは,土井真一先生,大杉昭英先生,吉田俊弘先生,根本信義先生がパネリストとして,それぞれ短時間ですがご報告をされました。

 土井先生は,憲法学の観点から,高等学校学習指導要領(公民)において社会のあり方を考察する基盤となる枠組みとして示された「幸福,正義,公正」の意義と関係について分かりやすくご説明を頂きました。

 学習指導要領に「幸福,正義,公正」という観点が盛り込まれることになった経緯の詳細は分かりませんが,このような観点は「善に対する正の優先(priority of the right over the good)」や「公正としての正義(Justice as Fairness)」を説いたロールズ(John Rawls)以来のリベラリズムの思想を想起させますし,その流れを受けたリベラル・デモクラシーの憲法学の考え方とも合致するものだと思います。

 学習指導要領の作成に関与されている土井先生からの説明を聞いて,上記のようなリベラリズム・リベラル・デモクラシーの発想で学習指導要領の「幸福,正義,公正」の概念を読み解いて良いのだということを確認できたことは収穫でした。

 大杉先生の報告は「こどもの何を,どのように成長させるのか」という題で,OECDのDeSeCoというプロジェクト研究により明らかにされた,人生の成功と社会の正常な機能のために必要な能力群(コンピテンシー)の概念を前提として,法教育をコンピテンシーの育成という観点から位置づけるもの。「生きる力」を育成するための法教育と方向性は同じでしょうか。

 疑問に思ったのは,身に付けられるべきコンピテンシーの中身が現実社会における成功者の観察からの帰納によって定められるのであれば,現状を批判する観点が無くなってしまうのではないかという点です。コンピテンシー研究の中身を詳しく見てみないと分かりませんが,理想的な「成功者」は現実社会に順応的であるだけでなく批判的でもあるべきであろうと思いました。

 吉田先生は,「法教育で,授業はどう変わるのか-教育現場の実践から」という題で,中高一貫校での法教育実践を踏まえたご報告を頂きました。先生は,これまでの公民科教科書の問題点として,1)言及されている法の過剰,2)断片的な取扱い,3)問題解決の正解としての法の扱い(「~の問題が生じたため,○○法がつくられた」というような記述の連続),4)司法過程が見えないことを指摘されました。これらの点は「法教育」の普及により改めていかなければならないと思います。

 また,先生が中高一貫校で中学生・高校生を対象に実践されている法教育講義の編成(立憲主義・私的自治・法の制定と執行・司法による紛争解決)も,自分が高校・短大・大学で担当している講義の編成を検討する上で大変参考になるものでした。

 最後の根本先生の報告「法に対する認識を変化させる教育-客体から主体へ」は,CCEの理想的市民の育成という考え方を参照して,「意欲・知識・技能が一体となった有能で責任ある市民を育成しようとするのが法教育である」とされます。そして,その目的に資するような法教育実践として,CCEの教材(Foundations of Democracy)が提示するツールを用いた具体的な授業案についての提言をされました。根本先生の考える法教育の全体像とそれに対応する教材・授業案はこれからも徐々に示されていくものと思いますので期待しております。

 さて,シンポジウムを通じて「法教育のエッセンシャルズ」が明確に示されて合意に達したのかというと,私はまだでであると思いました。法教育の意義・目的の捉え方が論者によって異なることから,重なり合う合意の対象としても「エッセンシャルズ」の中味を特定することは難しいのではないかと思います。まずは様々な「法教育」の意義や目的を分類・整理することが必要かもしれません。

 シンポジウムの終了後には場所を移してレセプションが行われました。久しぶりの再会ができたり,新たな出会いがあったりと大変有意義な時間を過ごすことができました。

 法と教育学会の誕生により法教育の研究・実践は今後ますます発展するものと思います。私も今回学んだ内容をもとに更に法教育について考え,実践をしていこうと思いました。