法教育:「法と教育学会」報告その1~第1分科会

 2010年9月5日,法と教育学会の設立総会・第1回学術大会が明治大学リバティタワーで開催されましたので,私も参加してきました。

 午前中の分科会は第1分科会(幼稚園、小学校向けの法教育について検討)に参加しました。以下は報告を聞いた私の素朴な感想ですので,趣旨の取り違えや失礼はお許し下さい。

 最初の中原朋生先生の報告は,アメリカにおいて「公正」概念の発達論に基づいて開発された教材「What You Stand For : For Kids」の分析を通じて,日本における初等段階における憲法教育のあり方について考える内容です。

 報告のなかで興味深かったのは,日本の子どもたちの「公正」概念の発達はアメリカに比べて遅く,形式的平等に基づく判断はできても,個人の尊重という考え方に基づく判断は苦手であるということが示されたという点です。法や制度に公正を求める理由の根底には,諸個人を等しく尊重し配慮するという考え方があると思いますが,日本の子どもは,公正と個人の尊重とを結びつけることに困難を感じているということです。この背景には価値の多様性をシリアスに受けとめず,それゆえ個人の尊重の意味を正しく捉えることのできない(個人のエゴと捉える)社会の風潮が影響しているのかもしれません。憲法に関する法教育において,公正と個人の尊重の重要性と両者の結びつきをしっかりと教えることが重要になると思います。

 また紹介された教材中,どうやったら公正になるのかを考える学習の部分で「嫉妬に依らない決定」や「嫉妬のコントロール」を学ばせている点も興味深いところです。公正について考える際に「嫉妬」という感情をどう位置づけるかですが,法政策の側から捉えると,法政策を効率的に(功利主義的に)設計する場合に,人々の「個人的」選好のみならず,他者に財や機会が割り当てられることに対する「外的」選好(この場合「嫉妬」の感情)も考慮するならば,それによって不利益を受ける人々を平等に尊重したとはいえず,その政策は公正なものといえないということができるでしょう。このあたりの考え方は,中学校の公民的分野の学習指導要領にある「現代社会をとらえる見方や考え方」の1つである「効率と公正」とも関連するのではないかと思います。

 ご報告を聞きながら思ったことは,道徳性の発達心理学が探究の対象としている「公正」概念と,法の理念としての「公正」がどのような関係にあるかということです。法実証主義的な考え方からすれば,法と私たちの「公正」の概念は関連を持たないということになるかもしれませんが,報告は,そのような法実証主義的な考え方ではなく,市民の「公正」についての道徳観念と法の理念としての「公正」は相互に関係するものであるとの理解に立つものと思いました。その場合,両者の異同や関係についてどのように考えるのかという点について,もっと詳しく伺うことができればよかったと思います(質問しなかったことを後悔)。

 後藤直樹先生の報告は「小学校の発達段階を考慮した法教育プログラム」という題で,新しい学習指導要領に導入された法教育の意義について,Center for Civic Educationの示したモデル(知識・技能・信念を備えた理想的な民主的市民の育成)を参照しながら明らかにし,また,コールバーグの道徳性発達の理論も踏まえて,小学生の発達段階に応じた法教育プログラムを提示するものでした。非常にテンポが良く聞きやすい発表でした。

 後藤先生の所属する茨城県弁護士会では小学生向けの法教育を以前から実施しており,その経験に基づいたお話(小学生が理解できること,できないこと)は興味深く,小学生向けの法教育では発達段階の考慮がたいへん重要であるということが分かりました。

 具体的な法教育のプログラムにおいては,議論の枠組みとしてトゥールミンの論証図式(を簡略化したもの)を用いることも提案されていました。主張・データ(主張の根拠となる事実)・保証(データと主張とを架橋し正当化する言明)の3項で考えるトゥールミンの論証図式は小学生には判決三段論法以上に扱い難いのではないかと思いましたが,報告によれば小学生でもそれなりに使えるということでした。小学生の発達段階で適切に議論を行うためには何らかの枠組みを設定することが必要だと思いますが,どのような論証図式がその枠組みとして適切かについては更に検討したい点です。

 なお,後藤先生の報告とは直接関係する部分ではありませんが,CCEの示した理想的な民主的市民のモデルに関しては,日本における法教育の価値や目標を考える上でも魅力的な参照物であると思いますが,市民としての資質や能力の育成という面(公共的価値/手段の側面)のみが強調されるのは適切ではなく,私的な価値の実現や「目的」的側面とのバランスが重要ではないかと考えています。もっとも,私にも何か代案があるわけではありません(法教育が,何かの目的のための「準備」や「練習」としてではなく,それ自体が「参加」的意義を有するものとして構想され,実践されるという方向性を漠然と望んでおりますが)。法教育の価値・目的が何かについては,今後も学会内で議論が続いていくものと思われます。

 最後の窪直樹先生の「小学校第6学年社会科で行う法教育~国民の司法参加を取り上げた実践~」では,小学校の社会科において裁判員制度を取り上げた学習についてご紹介いただきました。非常に丁寧に構成され実践された指導計画が提示されており,小学校における裁判員制度に関する法教育実践例として学校現場の先生にとっては大変参考になる内容であったのではないかと思います。

 また,小学校での法教育実践に向けてのアイディアとして,裁判形式の討論を用いる方法や,法律専門家をゲストティーチャーとして招く場合の関わり方などについても,実践的で役立つものであると思いました。

 分科会の最後には質疑応答の時間が設けられましたが,参加者からは多数の活発な発言がなされました。全体的に時間不足の感はありましたが,その分密度の濃い研究会であったのではないかと思います。

 ずいぶんと長くなりましたので,午後の基調講演・シンポジウムについては次の記事で紹介したいと思います。